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「霊魂の存在」議論は、存在を認める人にはあまり意味がないのかも(1)…<隔日日記−1>

公開日: 2011年7月11日月曜日 隔日日記

[2011.07.11]

「霊魂は存在するか」
「霊的世界はあるか」
「死後、人は存続するか、無になるか」


以上は、霊についての「あるか、ないか」についての問い、
つまり、
「あるない議論」の発端になる問いになるかと思われます。


昔からこうした議論は投げかけられていたようですし、
それに対する明快な結論も
あるようで、それでいて実は、はっきりしていない
というような収まり具合であるようです。


この議論は
TV番組やネット上の掲示板などで
良く取り上げられるようで、目にすることもありました。


しかし、目にした折に時々思うのですが、
この議論は何か有益なものを生むものなのでしょうか。

議論を戦わせることが悪い、というつもりはないのですが
どうも、この議論のつまるところ・・・


「ある」「ない」のどちらかの結論にはなったとして、
「ない」場合は、「ない」ことに対してそれ以上考えようは
ないので、それで一応の終結となります。

しかし、

これが「ある」という結論になった場合は、
これで話が終わることはなく
ここからが、大変になります。

「ある」というのは、どういうように「ある」のか。
ここが全く問われないままになっているからです。
肯定的な見解の立場では

『「ある」ならば実際はどうなのか』

を求めたい、知りたい、確かめたい、と思うのですが
「あるない議論」はそこまで踏み込まないでの議論のため、

否定的な見解の立場にはやりがいのある議論であっても
肯定的な見解の立場には逆に「足かせ」になってしまうような、
肯定的な見解の人々はこのことを論じたからといって
何のプラスにもならないような・・・
そのように思われるのです。
肯定的な見解の立場の人達は

『「ある」ならば実際はどうなのか』

を求めたい、知りたい、確かめたい、と思うのです。




なお、自分は、霊魂学を学び、霊的トレーニングを何とか続けており、
言葉にしにくいながらも霊的トレーニングと、霊魂学の学習で
世界観、価値観が変化した立ち位置にいるので
(とはいえ、日常生活はつつがなくこなしておりますが)
肯定的見解をとる立場です。

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※今回の記事は次のWebページを参考にしました

 ■霊をさぐる の中で現在更新中の
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