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扱いに困る「悪人」…<隔日日記−3>

公開日: 2011年7月16日土曜日 隔日日記

以下は、以前に耳にした話を元に
アレンジしたものであり、寓話です。

「扱いに困る『悪人』」の話です。

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(とある隠者はこの世で一番厄介な「悪人」は誰かと問われて曰く・・・)


あんな自覚のない、手に負えない
扱いに困る「悪人」は見たことがない


まず
自分は何も悪いことをしていない
人に指さされることはしていないので悪人ではない
と思っているところに救いようがない

次に、人を助けることが大事である
命を大事にしよう
と言う傍らで、
多くの動植物の命を奪い、その亡骸を加工して
口にしている

それを言おうものなら
「だって仕方ない、生きていけなくなるじゃない」
と言い訳する

では、本当に生きていくだけの価値があるかとか
自分の生きる価値はどうだろうかとか
真に問うこともなく
結局、食べて寝て遊んで終わる
競争して勝ったり負けたりして終わる
人目を気にして終わる

世に貢献した業績と称して
やっていることは自分の名前を残すことでしかない

一体、何のために生きているのかを
問うこともなく
生きていて当然と思っているこの傲慢さ
こんな手に負えない悪人は見たことがない

自分の身を守るため
周囲の目を気にし
人のため、という言葉を合い言葉に
「優しさ」「愛」を謳うが
誰かに認められること
神仏に認められることを打算している
どこが「愛」なのか

そのくせ
神や霊魂など高級な存在について
自分の都合や願望以外では
決して思いを寄せることはない。

願望成就以外に
真に「祈る」ということも
しないで、祈る他人をみると
「あれは宗教だ」と嘲る


自分は法律を犯していないから
悪人ではないと確信し、それに比べたら自分は
日々苦労していて立派だ、と自分の自画自賛は忘れない

神や高貴な存在は
「そうした存在は自分を分かってくれるはず」
「人の思いを無視しないはず」
と頭から決めつけ
そうでなければ
「そんな神様はおかしい」
と自分の思っている範囲でしか
高貴な存在を理解しようとしない

高貴な存在に鑑み己を振り返ることもなく
自分の都合で願望だけを並べ立てる

死ぬことが避けられないとわかっているのに
神仏や霊魂について
「考えても仕方ない」
「宗教にハマりたくない」
と、触れようともしないのに
いざ、死が近づくと
急に祈り出す自分勝手さ

また、
自分と違う立場の思想や信仰をもつ人間を
「あやしい人達」「おかしな人達」
とみなし、自分達の身を守るために
追い詰めるのは平気という横暴さ

自分達が被害をうけそうになろうものなら
相手を糾弾するのは「正義」と信じて疑わず
集団になって、相手を追い詰めて
つぶしていく横暴さ


「明らかな悪人」「自覚のある悪人」
もいるけれども

こんな自覚のない
ひどい
そして多数派で
扱いに困る「悪人」は見たことがない・・・

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とある隠者のつぶやき・・・[A hermit's anthology]より

なお、恥ずかしながら
自分は「善人」ではありません。(^_^;)



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