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世の中を憂しとやさしと思えども…<隔日日記−5>

公開日: 2011年11月14日月曜日 隔日日記

[2011.11.14]

世の中を憂しとやさしと思へども
飛立ちかねつ 鳥にしあらねば
           山上憶良

(よのなかを うしとやさしとおもえども
 とびたちかねつ とりにしあらねば)

[意味1]
世の中が憂鬱でつらい、肩身が狭い、と思っても、
それらを捨てて飛んで去ってしまうこともできない。
人は鳥のようにはなれないので。

[意味2・自己流]
世の中で努力をしても報われないこともあり
報われたと思っても、その後、競争が激化したり、
さらに後に、やってきた若い人々に「古い」と相手にされなかったり、
自分の存在価値が認められなかったりする。
自分の言いたい話がなかなかできず、
しかたなく酒の席でも設けることになるが、
そうしたところで
周囲は大はしゃぎ、あるいは愚痴弁論大会となり
まじめな話も何もあったものじゃない。
上司が話し出せば、聞かないわけにはいかず、
部下に話しても、自分が上司に思ったのと同じように
「聞き流されている」ように感じてがっかりする。
やむなく仕事を頑張り、日々、成果を上げるために努力しても
結局のところ、老い、あるいは病み、
気がつけば病院通いの日々。
そういえば、いくばくかの仕事の成功も会ったけれども
そんなことのために生きてきたのだろうか?
そう・・・
自分は一体何のために生きているのか・・・
そう思うと何だかむなしくなり
自由に飛び立ちたいと空を見上げて空想しても
叶うこともなし。
もしや死後報われるかと思っても
確証もなく、今さらにわかに考えたところで
わかるわけもなし。
学校でも、どこでも、教えてもらえなかったし
自分で考えたこともなかった
「自分は、なぜ生まれたのでしょう。
 自分が、鳥が飛ぶようにこの世を去れず
 この世に生きている意味は一体何なのでしょう」

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以上、山上憶良の一首を自己流に意訳してみました。(^^;;;

この歌は「貧窮問答歌」の一部とも言えますが、貧窮問答歌として見た全体の歌は
貧しい生活にあえぐ人々の暮らしをあげていて意味を知るとやりきれない気持ちになります。

さて、
もしも関心がおありならば以下の著書(師の著書)をご覧下さい。
上に書いたことがらについて霊的な視点で参考なることがあるかと
思われました。
世の中でいう霊的な話とは少々違う切り口で大切なことがらが
のべられております。

 
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